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【感想】精霊の守り人 上橋菜穂子 - 日本人の心に寄り添う本物のハイ・ファンタジー

【感想】精霊の守り人 上橋菜穂子 ~日本人の心に寄り添う本物のハイ・ファンタジー~

ドラマがスタートして注目を浴びている「精霊の守り人」の原作小説を再び読んだ。

本作は和製の本格ハイ・ファンタジー小説として知られ、児童文学でありながら大人にも人気がある作品だ。本作「精霊の守り人」から続くシリーズは「守り人シリーズ」として、アニメ化などもされている。
ゲド戦記や指輪物語のファンだった僕は、5年ほど前に本作に出会い、和製ハイ・ファンタジーの可能性に未来を感じたものだ。

正直なところ、海外のハイ・ファンタジー作品を読むとき、僕は西洋的な文化土台を無理矢理理解したつもりになって、微妙な偏頭痛をこらえながら読んでいた。

そんな苦労をせずに済む、和製ハイ・ファンタジーが存在することは、とてもうれしいことだ。
僕が子供の頃に出版されていたらよかったのに、と強く思う。
(当記事にはネタバレを含むのでご注意を)

 

 上橋菜穂子について

上橋 菜穂子(うえはし なほこ、1962年7月15日 - )は、東京都生まれの児童文学作家、ファンタジー作家、SF作家、文化人類学者。日本児童文学者協会会員。父は洋画家の上橋薫[1]。

上橋菜穂子 - Wikipedia

とある。

幼少より民話を好み、水滸伝や西遊記を読んでいたらしい。小学生の頃には、化石や縄文時代に興味を持ったようだ。ここに、現在へつながるなにかがあるように思う。

以後文化人類学の道に進み、オーストラリアのアボリジニの研究などを行う。

本作を支える濃厚な世界観は、こういった文化人類学者としての知見や熱意によって作られたのだ。

また、古武術を習っていた経験があると書かれているが、なるほど、作中にその片鱗が見られる。白兵戦のシーンは非常に具体的かつリアルだった。また、作中に登場する「チキ」という武術の理論なども合理的だった。

ファンタジー小説として

ファンタジー小説というと、様々な作品が思い浮かぶ。

中でもハイ・ファンタジーでいうと、「指輪物語」「ナルニア国物語」「ゲド戦記」がある。いずれも読んだことがあるが、どこかで、キリスト教的な世界を分かったつもりになって、無理矢理読んでいた気がする。

(ル=グウィンは僕がもっとも愛する作家のひとりではあるが)

そこにきて上橋菜穂子は、「日本人でも自然に溶け込めるファンタジー世界」を構築してくれたのだ。

ル=グウィンが「西の善き魔女」と呼ばれるならば、僕は著者である上橋菜穂子を、「東の善き魔女」と呼びたい。

登場人物

バルサ:物語の主人公。30歳にしてバ○ア呼ばわりされる。短槍を使う女用心棒

チャグム:<新ヨゴ皇国>の第二王子

帝(みかど):<新ヨゴ皇国>の頂点

ヒビ・トナン:星読博士(占星術師)たちの最高峰である聖導師

シュガ:星読博士の青年

モン、ジン、ゼン、ユン:四人とも、<狩人>として国の密命に従う隠密たち

タンダ:バルサの幼なじみ。薬草や呪術を使う青年

トロガイ:大きな力を持つ呪術師。タンダの師匠

トルガル:<新ヨゴ皇国>を建国した伝説の始祖

ナナイ:伝説の中で、トルガルの建国を導いた聖導師

ヤクー族:新ヨゴ皇国に古来より住んでいた原住民

あらすじ

舞台は、始祖トルガルがナナイ聖導師に導かれて建国したとされる、新ヨゴ皇国である。

新ヨゴ皇国は平安時代の日本を彷彿とさせる帝政の国だ。

また、以下のような建国神話が伝えられている。

  • およそ二百五十年前、<ヨゴ皇国>にナナイという天道(占星術)の才能を持つ者が生まれた
  • ヨゴ皇国の第三皇子であるヨゴ・トルガルは、権力争いに嫌気がさし、辺境へ逃れた
  • そこへナナイが訪れ、新しい国を作るようにトルガルへ伝えた
  • 船で新境地にたどり着いたトルガルとナナイと賛同した民たちは、新しい土地に到着した
  • 原住民のヤクーが山へ逃げていったため、そこに国を建てた
  • しかし、地の魔物の呪いのせいで稲が実らなかった
  • ナナイは神に祈り、お告げを得た
  • 源流の泉に、魔物に魂を飲まれた者がいるため、それを倒せば呪いが解けるのだという
  • お告げに従い、トルガルは八人の武者を連れて、青弓川の源流に住む魔物の討伐に向かった
  • トルガルは魔物を倒すことで、呪いを解いた
  • トルガルは<新ヨゴ皇国>を建国した

物語は、バルサが新ヨゴ皇国を訪れた際、事故に見せかけ殺されかけたチャグムの命を救ったところからはじまる。

その際、川に落ちたチャグムの体は、不思議な水の力に守られたのだった。

チャグムの母である二ノ妃は、バルサにチャグムの守護を依頼した。

建国神話の魔物にとりつかれたチャグムを、帝自らが暗殺しようとしていたのだ。

バルサはチャグムをかくまうために、青霧山脈を目指した。その途中で狩人たちの追撃に遭うも、これを退けて逃げ切り、タンダに助けを求めた。

 

ヤクーの血を引くタンダは、バルサたちにチャグムの身に起きていることを語った。

また一行は、ヤクーの村での伝聞などや、合流したトロガイの話を通じて、様々なことを知った。

総合すると以下のようなことだ。

  • バルサらの暮らす世界には、日常の世界<サグ>と、隣り合った、目に見えざる世界<ナユグ>重なって存在している
  • チャグムの体に、ヤクーたちが「ニュンガ・ロ・イム<水の守り手>」と呼ぶ精霊の卵が宿った
  • ニュンガ・ロ・イムは雲を生む精霊である
  • 卵が産み付けられた対象(ここではチャグム)のことを、「ニュンガ・ロ・チャガ<精霊の守り人>」と呼ぶ
  • 夏至が近づくとニュンガ・ロ・チャガは孵化の準備のために移動をはじめる
  • そこへ、卵を好物とする「ラルンガ<卵喰い>」という魔物が襲ってくる
  • ラルンガは冬の間は襲ってこない
  • ニュンガ・ロ・イムはサグの子供に産み付け、守ってもらおうとする習性がある
  • 卵を守りきり、これを孵化させなければ、新ヨゴ皇国が大干ばつの被害に遭う
  • どのようにニュンガ・ロ・チャガから卵が生まれ、どのように孵化するかは定かでない
  • ヤクーたちは古来より、ナージという鳥を信仰していた

バルサたち一行は、狩人から逃れるために四人で青霧山脈の隠れ家を目指した。

 

冬の間、一行は隠れ家で暮らすことにした。

夏至がくるとチャグムに変化が生じるはずだが、それまではラルンガも襲ってこないはずだ。

そのころ、第一皇子が死没し、チャグムが王位継承者ということになり、帝はチャグムを連れ戻すことにした。

一方、 シュガは星ノ宮の秘倉で、建国神話の秘密に挑んでいた。そこで、建国神話に嘘があることを知っていった。

 

ついに、チャグムは卵の意思に操られ、青弓川の上流へと歩いていった。そしてそこで、卵の孵化を促す「シグ・サルア」という花を口にする。

そのときチャグムを探しにきた狩人たちが襲いかかってくるも、ラルンガの襲撃に遭う。ラルンガは牙を幾本ももった、巨大なイソギンチャクのような魔物だった。

バルサと狩人たちは共闘して抗うも敵わず、チャグムとはぐれてしまう。

チャグムは青弓川の水源である<サアナン>を目指して歩いていた。チャグムはサアナンに至り、地のエネルギーを取り入れることで卵を孵化させる必要があることを悟る。また、サアナンの周囲にこそ、ラルンガが巣くうことに恐怖を抱く。しかし、卵に操られるようにして、サアナンへと至り、産卵をはじめる。

ついにバルサは産卵を終えたチャグムを見つけるが、そこに卵を狙うラルンガが襲ってきた。しかし、卵を奪われれば大干ばつに見舞われてしまう。

ちょうどそのとき、空にはナージと呼ばれる、ヤクーたちに信仰される鳥の群れが飛んでいた。

ラルンガに狙われていたチャグムは、寸でのところで、卵を空高く投げ上げた。

するとそこに、一羽のナージが舞い下りてきて、卵をくわえて飛び去っていった。

百年前の伝説のときも、精霊ニュンガ・ロ・イムの卵は、ナージによって海に運ばれたのだ。こうしてバルサたち一行は、チャグムの命を救い、大干ばつを防ぐことに成功した。

作品の魅力

さまざまな魅力的な要素の詰め込まれた、密度の濃い作品である。ここでは、本作の魅力を紹介したい。

食べ物の描写

本作の食べ物の描写は、匂いや触感がまざまざと伝わってきそうなほど、リアルなものだ。

からりと油で揚げられ、かむとジュッとうまい肉汁がでる鳥やら、牛の乳からつくられた複雑な旨味のある汁物やらを充分に楽しんだ

(宮廷に呼ばれたバルサが、侍従長から料理を振る舞われたシーン)

他にはこんなものも。

トーヤたちが買ってきてくれたのは、鶏飯だった。ジャイという辛い実の粉とナライという果実の甘い果肉をまぶしてつけこんだ鶏肉を、こんがりと焼き、ぶつ切りにして飯にまぶしたもので、これもじつにおいしかった。

(逃げ込んだトーヤの家で)

 読んでいると、空腹に悩まされる小説だ。

ハードボイルドなキャラクターたち

治世のために皇子を暗殺しようとする帝。それを影ながら実行する狩人たち。裏の顔を持つ星読博士たち。そういった者どもと渡り合うヒロイン、バルサ。

本作の世界には、現実の厳しさや不条理が投影されており、その生々しさが大人の読者をも引き込む魅力のひとつになっている。

特にバルサが時に見せる酷薄さも、一種のハードボイルドさを醸し出している。

そうしたらね、ジグロは苦笑して、いったのさ。ーー人助けは、殺すより難しい。そんなに気張るなってね。

ジグロは正しかったよ。争いのさなかにある人を助けるには、別の人を傷つけなければならない。ひとりをたすけるあいだに、ふたり、三人の恨みをかってね。もう、足し算も引き算もできなくなっちまった。ーーいまは、ただ、生きてるだけさ

(バルサが、養父ジグロとの思い出を語るシーン)

戦闘の描写

スピーディで緊迫感のある戦闘の描写は、武術の経験のある上橋菜穂子ならではの武器だ。

三つの人影が、とぶように間合いをつめてくる。クモのように手足の長い人影から白い光が走った。バルサの短槍がうなり、その光を跳ねあげた。キィンと高い音が響いたときには、バルサの短槍はもう、跳ねあげた力をそのままに回転し、右脇から斬りこんできたモンの剣をはじきあげていた。

バルサの槍は突くだけではない。自在に反転し、あるいはうなりをあげて回転して、一度に三方からの攻撃を受け、はじきあげるのだ。そのうえ、剣をはじくとき、微妙な角度をつけているために、はじかれるたびに剣の刃が刃こぼれしていくのが、<狩人>たちにはわかった。

どうだろう。時代小説の斬り合いを思わせる迫力のワンシーンだ。

異世界ナユグとサグ

ハイ・ファンタジーとしての本作を支える宗教感に、ナユグとサグの概念があった。

簡単に説明すると、サグとは現実世界のことで、ナユグとは隣り合った異世界のことだ。

どちらもある意味で現実世界として並び合っており、また、それぞれの世界には別の生命が暮らしている。

こうした独自の宗教観を構築し、それを元に世界を練り上げていくというのは、並大抵のことではない。

ある思想や神話の成立過程を想定し、また、人々にどういった精神的な影響を与えるかを想定し、リアルな世界を形作らなければならないのだ。

また、土台となる宗教感が独自のものであるからこそ、本作に孤高のオリジナリティを与えているとも言える。

民族問題や自然哲学への示唆

上橋菜穂子はオーストラリアの原住民族、アボリジニの研究家でもある。

本作に登場するヤクーは、都市文明に退けられたマイノリティである。

常に都市文明は、原住民族を追いやってその版図を広げてきた。

イギリスも、中国も、ロシアも、日本も、その例外ではない。

その際、プレモダンなシャーマニズムやアニミズムは、原始的で非科学的なものとして排斥され、新しい、宗教観が植え付けられてきた。

本作には、そういった支配者たちのエゴイズムに対する反撃が、「偽造された神話」の物語として語られている。

そこで、社会人類学者、民族学者であるクロード・レヴィストロースという構造主義の学者を紹介する。

彼の哲学は、以下のようなものだ。

レヴィ=ストロースは、『野生の思考(パンセ・ソバージュ)』(1962年)などにおいて、従来の「野蛮(混沌)」から洗練された秩序が形作られたとする西洋中心主義に対し、混沌の象徴と結びつけられた「未開社会」においても一定の秩序・構造が見いだせると主張し、オリエンタリズム的見方に一石を投じた。

クロード・レヴィ=ストロース - Wikipedia

野生の思考 [ クロード・レヴィ・ストロース ]

 

つまり、レヴィ=ストロースは、古来から根付く、万物に神を見出すような考え方なども尊重すべきだ、と言っているのだ。

上橋菜穂子も同じく、そういった古くからの考え方を尊重しているように思える。

息のつまる、制御された文明生活の中で、ときどき僕らはこういった、土と樹の匂いのするものを求めるのも事実だ。

僕らは、地震や津波など激しい自然の営みに晒されて、死んでいくこともある。

文明の中では忘れそうになってしまうが、やはり、僕らは自然に生かされ、殺されもする。

少数派になっていく先住民族たちは、こういった自然自体を恐れ、敬っていたのだ。

また、その心理がシャーマニズムやアニミズムの背景にあるように思う。

つまり僕らは、自然に対する恐怖を原始的宗教観によって概念化して受け入れ、共存する道をとってきたとも言える。

果たして僕らは、自然の恐ろしさを忘れて都市で暮らし続けることができるのだろうか?

それによって心の中に矛盾が生まれはしないだろうか?

そう考えると、都市文化が飽和しつつある現代で、「スローライフ」「神社巡り」「パワースポット巡り」などの、西洋的価値観に沿わない、日本古来的なものに目が向いているのもうなずける。

本作「精霊の守り人」には、こういった古来的な自然哲学に対する示唆もあるように思う。

まとめ

今回は、和製ハイ・ファンタジーの精霊の守り人を紹介した。

児童文学でありながら、大人も充分に楽しめ、また学ぶことができる、懐の深い物語だ。

心温まる豊かな物語を読みたい方。子供さんへ、ためになる面白い物語を贈りたい方にお勧めしたい。おわり。

 




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