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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 06

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 06

 由加里は会社から支給されている携帯電話を手にとった。
 テーブルには手帳が置かれており、そこには、顧客への説明事項がまとめられていた。それがいわば台本だ。
 仁科の心配そうな視線が刺さってくる。
 構わず由加里は、携帯電話のアドレス帳から岩倉の名前を探した。
 岩倉哲哉――それが、DNプランニングの社員であり、OCO運営責任者の名前だ。
 手の平から汗が湧いてくる。
 胸が苦しい。
 めまいがする。
(この瞬間、天変地異が起きて、全部消し飛んだらいいのに)
 そんな途方もないことを考えながら、携帯電話の発信ボタンを押す。
 断続的な接続音は、呼び出し音に変わった。
 2コール、3コール。
 由加里は深呼吸して、手元の台本を見る。
 言わなければ。
 報告しなければ。
 自分の責任なのだから。
 罵倒されようが怒鳴られようが。
 10コールしたが出なかった。
 終話ボタンを押した。
「ダメね。出ません」
 思わず由加里は安堵のため息をついた。
 そのタイミングを見計らったかのように、携帯電話が震えた。
 岩倉からだ。
 覚悟を決めて、由加里は出た。
「お世話になります、GRシステムの藤野です」
「どうもこんばんは、岩倉です。どうされました? こんな時間に……」
 いつもの、刺々しい岩倉の声だ。
 由加里は声を絞り出した。
「夜分、恐れ入ります。緊急事態のため、率直に申し上げます」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。ま、まことに遺憾ながら、御社より保守を任せて頂いているOCOにおいて、個人情報漏洩事故が発生しました」
「なんですって?」
「今夜のことです。海外よりサイバーアタックがあり、およそ9万件の個人情報が流出したのです。申し訳ありません」
 岩倉はなにも言わない。
 由加里は上擦る声を押さえつけて続けた。
「カード情報は流出していないようです。メールアドレス、住所氏名、電話番号などが盗まれました。それらが、およそ9万件です」
「なるほど。……確認ですが、カード情報は出ていないんですね?」
「はい。弊社のシステムでは保存自体を行っておりません」
「これ以上の被害の拡大はないのですか?」
「はい。いま分かっている問題のプログラムは閉鎖し、アタック元のアクセス制限をかけました。他に同様の箇所がないかは、調査しております」
 仁科は祈るように両手を額に当てている。
 斎藤は凍ったようにテーブルに視線を落としている。
「わかりました。……関係者と相談しますので、お待ちください。あと、報告書を早急に」
 そう言って、岩倉は電話を切った。
 怖いほどドライな対応だった。
 由加里は携帯電話をテーブルに置いた。汗で濡れていた。嫌な体臭が自分から出ている気がした。
 仁科は言った。
「はじまりましたね……」
 由加里はうなずいた。
「ええ」
 それにしても由加里には判然としなかった。
 自分たちが被害者なのか、加害者なのか、わからなかったのだ。
 加害者であると同時に、被害者であるのか。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 由加里は頭を振って、雑念を払った。
「それじゃ、仁科くんは契約書類の整理と、苦情受付の準備を」
「はい」
「斎藤さんは、仁科くんを助けてあげてください……。お願いします」
 斉藤は黙っていた。
 そうこうしていると、再び携帯電話が震えた。
 岩倉からだ。
「は、はい、藤野です」
「ああ、藤野さん? いいですか。いま、22時をまわったとこですが、このあと、24時に弊社へお越しください。来て頂くのは、御社の代表の大島さん。あなた。その他必要なスタッフで。いいですね? 24時。待ってます」

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