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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 12

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 12

 3時6分。
 由加里は狭いミーティングルームで、2人の社員と打ち合わせをしていた。
 相手は、仁科が呼び出した、GRシステム営業部の仲間だった。
 ひとりは緑川鈴奈。手をパタパタと動かしながら、彼女なりに抑えているらしき声で言った。
「仁科さんから電話あったときは、ほんと驚きまして。2時にトイレに起きたら、留守電入ってたんです。誰やと思ったら、仁科さんで、この話じゃないですか。目が冷めましたよ。これはもう、藤野先輩のヘルプに行かな思いまして」
 それに対して、社員の中で最年長の小笠原崇司は落ち着いていた。
「私の方も、そんな具合でしてね。こうなったからには、腹を括りましょうか。やれることをやるだけです。ハイ」
 由加里は苦笑した。
 なぜ仁科は、社員の中でも変わり種のこの2人を選んだのか。単なる偶然だったのだろうか。
「よろしくお願いします」
 由加里は頭を下げた。
 小笠原は言った。
「さて、4時に、サイトに告知するんでしたね」
「そうです」
 由加里はノートパソコンのチャット画面を見た。仁科を中心として、着々と準備が進んでいるようだった。用意しているのは、OCOのサイト上に掲載する、第一報だ。
 技術陣の指揮のために戻っていった佐川も、会社に着いた旨のコメントをしていた。
 小笠原は言った。
「私らは、基本的に電話対応ですね」
「そうです。告知後は、苦情の殺到が予想されます。サポートセンターの準備なども到底間に合わないので、DNプランニングさんのオフィスにかかってきた電話を、わたしたちで対応することになりました」
 そこで、緑川が割り込んできた。
「それでしたら、任せてください。わたしの前職、言いましたよね。――電機メーカーのクレーム窓口だったんです」
「そういえば、そうね。頼りにしてるわ」
 緑川は笑顔を浮かべた。それから、思い出したようにポケットから菓子――グミの箱を出し、赤い粒を口に入れた。
 由加里は頬を引き締めて、2人に言った。
「電話はこの3人で協力して対応しましょう。会社に待機している技術陣や仁科くんたちがフォローしてくれます。不明点や共有事項は、チャットでやりましょう。クレームについては、単純な苦情の他に、補償を求められるケース。自分が情報流出の対象者かを尋ねられるケース。その他、想像も付かない問い合わせがあるかも知れません。とにかく、チャットで随時、フォローしてもらいながら対応します」
「わかりました。ところで先輩」
「なに?」
 緑川はグミの箱を差し出してきた。
「食べますか?」
 由加里はため息をついた。
 そのとき、チャットにメッセージがあった。

《仁科》J事案の告知ページ、上がりました。これからメールしますので、顧客確認お願いします。

 個人情報漏洩事故のことは、J事案という呼び名で扱われていた。
 由加里はメールを確認し、告知ページの原稿に目を通した。
 
 ******

 個人情報漏洩事故の報告とお詫び
 株式会社DNプランニング

 お客様各位


 20XX年2月12日の19時台に、弊社が運営するオールチケットオンラインがサイバーアタックを受け、その結果、サイト利用者様の個人情報が漏洩したことが発覚いたしました。
 現在の調査状況の中では、9万名様以上の漏洩が確認されております。
 また、流出した個人情報には、住所、氏名、電話番号、メールアドレス、性別、生年月日が含まれておりました。
 お客様におかれましては、不審な電話や不審なメールにご注意くださいますよう、お願い申し上げます。
 なお、クレジットカード情報は漏洩しておりません。
 ……
 ……
 詳細につきましては、追って公式ホームページよりご報告させて頂きます。
 このたびは、誠に申し訳ございませんでした。
 ******
 
 由加里はそのワード文書を担当者の岩倉に送った。
 緑川が言った。
「もうじきですね。ユーザーさんに補償のこと聞かれそうですね」
「そうね」
「まだ、決まってないんですよね? ――ゆうても、決まったら決まったらで、ウチもえらい大変なことになりそうですが」
「ええ。……社長や弁護士さん同士で進んでると思うけど。最後は、DNさん次第ね。とはいえ、近頃はそれなりの誠意を見せないと、エンドユーザーに納得してもらえないでしょうけど」
「まずは、申し訳ありません、で通すしかなさそうですね」
「仕方ないわね」
 と答えた由加里は、ふと小笠原を見た。
 彼は自分の手帳に、想定される質疑項目をまとめていた。
 思ったよりもまめな性格をしているようだった。
 時間は刻々と、4時に近づいていった。

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