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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 46

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 46

 事故が起こる前年の夏のことだ。
 矢口は単身で、DNプランニングのビルの前まできていた。
 26階建てのビルを見上げると、空に入道雲とまぶしい太陽が見えた。
 矢口はため息をついた。
 暑かった。
 呆れるほど蒸し暑かった。
 それだけでもうんざりする上に、さらに1人で打ち合わせに挑まなければならないとは、面倒なことになったものだ。
 佐川は海外旅行に行っており、同行する予定だった由加里も、急用が入ってしまった。
 本当はリスケジュールして欲しかった。
 黒いバッグには、HPの15インチのノートブック。それと資料が入っていた。
(暑いし、たまったもんじゃねえな。早く終わらせて、帰ろう)
 内心ぼやきながら、矢口はビルへ入った。

 自動ドアの向こうは冷房が効いており、生き返る気分だった。
 にわかに元気を取り戻して、矢口はエレベーターへ向かった。
 DNプランニングは8階にあった。
 受付にくると、矢口は会議室に通された。
 そこで待っていると、岩倉がやってきた。
 矢口は立ち上がった。
「お世話になっております」
 岩倉は答えた。
「どうも、お世話さまです。今日は、ご足労おかけしました」
「いえ。それにしても、申し訳ありません。佐川も旅行中、藤野も急用で、私しか都合がつかず」
「とんでもない。さて、はじめますか」
 岩倉はそう言って、矢口の向かいに座った。
 焦げ茶色の会議テーブルは広く真新しかった。
 矢口はそこにノートパソコンと資料を広げた。
 資料――正確には、OCOサイトの機能追加の見積書と、サーバ増強の提案書だった。
 矢口はたどたどしくも、見積もりについて説明した。
 80万円程度の、簡易的な改修の見積もりに過ぎず、その説明はすぐ済んだ。
 それから、サーバ増強の提案書を見せた。
 Webサーバ2台とDBサーバ2台で回しているインフラに、Webサーバを追加する提案だった。
 岩倉は金額を聞いて、渋い表情をした。
「月額が、結構かかるんですね」
「そ、そうですね……。しかし、現状、かなり負荷が高まりつつありまして」
 慣れない折衝業務に、矢口は緊張し、うんざりした。
 それでも、佐川や由加里の代わりを務めようとする、彼なりの気概はあった。
「うーん、わかりました。これは、検討しておきます。それで、今日はこれくらいでしたっけ?」
 と、岩倉は尋ねてきた。
 これまで出した資料は、あらかじめ、由加里に共有していたものだった。
 それに加えて、矢口がぎりぎりで用意してきた、1つの資料があった。
 この打ち合わせのタイミングで、今後のためにもねじ込んでおきたかったのだ。
「すみません。こちらも、ご説明させてください」
 と、矢口は1部の資料を岩倉に渡した。
「これは?」
「はい。こちらはですね――」
 そこで矢口が説明をはじめた、『セキュリティ対策について』と題された資料には、以下のようなことが書かれていた。

 以前にOCOを構築してから、年数が経過しており、当時よりアタック手法が高度化していること。
 構築当初は低コスト短納期だったため、質に不安があること。
 現状の古いフレームワークで組まれたシステムには不安があるため、再構築を強く推奨すること。
 セキュリティ診断サービスを利用し、サイバー攻撃に対策すること。
 そうしなければ、個人情報漏洩などのリスクがあること。

 岩倉は言った。
「なるほど……。お客様のためにも、ぜひ改善したいところですが。いかんせん、コストが……。わかりました。代表の浦谷にも、相談しておきます」
「そうですか、それではまた、結果を教えてください」
 こうして、打ち合わせは終わった。


 翌日の昼に、矢口は岩倉からのメールを受け取った。
 簡単な、サーバ関連についての質問だった。そのついでに、以下の1文が書かれていた。

 * * *
 そういえば、セキュリティ対策の件、浦谷に相談いたしました。
 リスクが気になるものの、やはりスポットのコストが無視できず、見送りたいとのことでした。
 * * *

 そのメールは、矢口のみに来ていた。
 両社とも、情報共有の意識が高いとは言えなかった。

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