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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 18

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 18

 仁科はメールへの返信を書いていた。
 営業部で手分けしてやっているのに、OCOのお問い合わせメールフォームから届くクレームは溜まる一方だ。
 これまで19通のメール文面を作成したが、未返信のものはまだ36通あった。
 2つ隣の席では、斎藤がメール作成を手伝ってくれていた。
 仁科は言った。
「どうですか? 斎藤さん……仕上がりそうですか?」
 斎藤はうんざりとした声で言った。
「まだだって。あと10分は待ってくれよ……。しかし、OCOプロジェクトのやつら、なんで日頃から準備しとかないんだよ。リスクマネジメントってのはな……」
「斎藤さん、まだ36通あります。あ、いま37通になりました」
「……だめだ。吐き気がしてきた」
 仁科は真剣な目で言った。
「頼みますよ。これ、遅れたら藤野さんに迷惑かかるんですから!」
「わ、わかったって。落ち着けよまったく」
 仁科が斎藤に頼んでいたのは、『迷惑メールがきて困っている。責任をとって補償してほしい』というメールへの返信だ。

 返信内容については、1通ごとにDNプランニングの中村という男性社員がチェックしていた。
 クレームのメールを中村から転送してもらい、その返信文面を仁科たちが作成して、また中村に返すという流れになっていた。
 メールの内容については様々だったが、
『個人情報を完全に削除した上で退会させてほしい』
『誠意をもって補償してほしい』
『自分が漏洩対象であるか教えてほしい』
『チケットやグッズの注文履歴は漏洩してないか教えてほしい』
 などという問い合わせが多かった。
 また、『家に訪問販売がきた』『フェイスブックに不正アクセスされた』などという、事故と関係があるかわからない問い合わせも多かった。
 情報の削除などは技術部に依頼し、その他は営業部で返答を考えた。

 メールの対応がはじまるまで、その恐ろしさを予想していた者はいなかった。
 電話と違い、メールは形に残る。
 そのためか、DNプランニング側では1通ごとに、法務的なチェックをしているようだった。
 迂闊なことを書くと裁判沙汰になって長引く恐れがある。それに、裁判を抱えることで企業の信用が失墜するのは手痛い。その代償はGRシステムが支払うことになるのだ。
 メールはますます溜まっていった。
 そんな中でも、仁科は由加里たちのことを心配していた。

 営業部の朝礼は10時からだったが、まとめ役の由加里がいないため仁科が立った。
 年長の斎藤などが仕切るようなら、控えるつもりではあった。
「それでは朝礼をはじめます」
 そう言って、仁科は一同を見回した。
 営業部の朝礼に参加したのは5人だった。
 仁科と斎藤の他には、3人の営業スタッフがいた。
「ご存知の通り、藤野さんはいま、顧客のオフィスでクレーム対応をされています。みなさん、お忙しいとは思いますが、なんとか都合をつけて、ヘルプに向かって頂きたいと思います。自分も可能な限りフォローしていきたいと思います」
 そうして仁科は現状を説明していった。
 大島が弁護士事務所へ相談に行っていること。
 エンジニアたちが引き続きアタックに対処していること。

 朝礼が終わったあと、仁科は再び声をかけて回った。
 とはいえ、誰もが予定が詰まっていた。
 仁科自身も、午後に1つ客先訪問があったし、溜まる一方のメール対応もあった。
 そんなとき、オフィスに電話が入った。

 藤野からだった。
 仁科は受話器を取った。

「お疲れ様です、仁科です」
「どうも、藤野です」
 由加里の声はかすれて、とぎれとぎれだった。
「大丈夫ですか? 藤野さん、いまミーティングが終わって……」
「仁科くん、替わって、佐川くんに!」
 仁科はおどろいて電話を保留にし、エンジニアたちに声をかけた。
 壁際のエンジニアたちは、相変わらず静かな緊迫感を背負って作業をしていた。
「すみません! 藤野さんから、急ぎで佐川さんに!」
 佐川は電話に出た。
 話の内容から判断すると、どうやら、ややこしいネットワークに関する問い合わせが入ったようだった。こうした緊急の電話も、珍しいことではなくなっていた。
 仁科は電話口で聞いた由加里の声を思い返した。
 あんなに弱々しい声を聞いたのははじめてだった。
 仁科は突き動かされるように立ち上がった。
「斎藤さん、すみません。なんとかメールの方を頼みます。自分、やはり行きます」
「なに? なに言ってんだよ!」

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