648 blog

kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 26

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

関連

vol. 26

 2月14日、朝9時前のことだ。
 佐川は会社に向かって、人混みの中を歩いていた。
 会社に近づくと、駅から離れたこともあり、やや人通りが少なくなった。
 そのとき、やけに目立つ黒いセダンが路地に止まっていた。
 佐川は路地を横切ろうとした。
 そのとき車のドアが閉まる音がし、エンジン音が響いた。
 何気なく路地の方を見た佐川は、そこに矢口の姿を発見した。
 重役出勤よろしく、専属の運転手に送られてきたのだろうか。それにしても、会社にはまだ距離があった。
 はたまた女社長の恋人でもできたのだろうか。よりによって矢口に。
 佐川は気づかれないように先を急いだ。

 

 会社についた佐川は、情報漏洩事故が夢ではなかったことを痛感した。
 由加里たち営業チームは、DNプランニングでクレーム対応をするシフトを打ち合わせしていた。
 加藤と安原はすでに出社しており、前日の続きのセキュリティ対策をしていた。
 そのうち、矢口が出社してきた。
 矢口は無言でオフィスに入ると、呪文のように朝の挨拶を唱え、佐川の隣にある自席に着いた。
 矢口はなにも喋らなかった。
『あの車、見られちゃいましたか。ははっ』
 などというセリフを期待したわけではないが、やはり不気味だった。
「さて、どうするんですか、今日は」
 と、矢口は言った。
 佐川は答えた。
「そ、そうだな。引き続き、プログラムのチェックと、アクセスの監視をしようか」
「なるほど。じゃあ、安原さんの、あれやりますか」
 矢口が言ったのは、安原が提案していた、幾つかのセキュリティ対策のことだ。
 アルゴリズムの案は、すでにグループウェアで共有されていた。
 そのとき、安原の声がした。
「もう、こっちで進めてるから、やんなくていいよ」
 安原は背中を向けたままでそう言った。
 矢口は舌打ちした。
「……もっと改良した方がいいっすよ、あのロジック。チェックパターンがザルだったから。俺やりますよ」
 また、安原が背中越しに言った。
「好き勝手なこと言ってんじゃねえよクソが。だったら、はじめからお前やっとけや」
 すると矢口は、独り言のようにつぶやいた。
「アンタがやるのはいいけど、余計なバグ増やさないでね」
 佐川はピリピリした空気に心臓が締め付けられる思いがした。
 安原はキーボードを両手で叩き、立ち上がった。
 佐川は安原の肩に触れ、まあまあ、となだめた。
 それから矢口に向き直った。
「矢口くん、ちょっと話できるか? ミーティングルーム行こう」
 しばらく黙っていた矢口は、ふいに立ち上がった。
「俺、体調悪いんで、帰ります」

関連




Amazon.co.jpアソシエイト