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kyamanekoです。IT、思想、哲学、心理学などの記事を書いています。

個人情報漏洩させたらこうなった - vol. 35

実録! 個人情報漏洩させたらこうなった

イベント運営会社『DNプランニング』が運営する、チケット販売サイト『オールチケットオンライン(OCO)』は、約14万人の会員を抱えていた。
ある日、OCOはサイバーアタックを受け、約9万人の個人情報を流出させてしまった。
システム保守を行う『GRシステム』は、責任を問われ、対応に奔走することになった。
もし損害賠償請求をされたら、たちまち倒産するかも知れない。
苦情とサイバーアタックの嵐の中で、関係者たちは……

※本作はフィクションです

 

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vol. 35

 矢口は散らかった自室で、パソコンのディスプレイに向かっていた。
 まだ昼間――15時過ぎだというのに、遮光カーテンを閉めきった部屋は洞窟のように薄暗かった。
 社員用のチャットには、切迫したメッセージが続いていた。
 クレームのメール対応に関する議論。
 電話対応チームからの質問と、それに対する回答。
 カード情報漏洩に関する告知内容の議論。
 そんなやりとりが繰り返されていた。
 矢口はコカコーラ・ゼロのペットボトルを取って、キャップを開けた。ふた口飲んで、また閉めた。その動作には、わずかな隙も許さない神経質さがあった。
 チャットのメッセージの向こうに、社員の悲痛な声が聞こえてきそうだった。
 矢口は声もなく笑った。
 すべてを支配している優越感があった。
 由加里や佐川や大島は、みな猛烈に突き進むトロッコに乗っていた。
 トロッコは甲高い音をたてて、真っ暗な崖の底に向かっていた。
 トロッコを止めるのも、転覆させるのも自分次第なのだ。
 ――そう矢口は思っていた。
 
 
 大島は桑部弁護士事務所に向かって歩いていた。
 カード情報漏洩の件で、桑部に相談したいことが色々とあった。
 そんな道すがら大島は、星山銀行の対応について考えていた。
 これまでスムーズに返済してきたのに、今後の融資を断られてしまった。
 ただでさえ辛い状況に、追い打ちとなる結果だった。
 星山銀行の判断は仕方のないことだとわかっていても、どうしても恨みに思ってしまう自分がいた。
(こうなれば、あそこに相談してみるか……)
 と思い出すのは、会社の設立当初に世話を受けた、東京合同銀行という地銀だ。
 しかし、大島はためらった。
 星山銀行から声がかかったとき、そのネームバリューに目が眩んで、東京合同銀行の担当者によく相談もせずに乗り換えてしまったのだ。
 いまになって大島は、過去の不義理を後悔した。
(クソッ。どのツラでお願いすればいいんだよ……。第一、こんな火だるま直前の会社に、大金を用立ててくれる所があるのかよ……)
 そのとき、隣を歩く会社員風の男が、電話をしているのが見えた。
 男は頭を下げながら、電話の向こうの相手に謝っていた。
「申し訳ありません! 大変失礼いたしました」
 大島はその声を聞いたとき、クレーム対応をしている由加里たちのことを思った。
 DNプランニングの社内で、恐々と電話対応をしている由加里たちのことを思うと、臆病な自分が情けなかった。
 失敗をしたなら、許しを請い、信頼を取り戻す努力をするしかない。
 そう思った。
 大島はスマートフォンを取り出し、東京合同銀行の担当者へと電話をかけた。

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